Tuesday, April 20, 2010

〔羞恥と良心〕第十三章 言語とはプライヴァシーの起源である

 我々は言語活動をすることによって、寧ろ内的世界を獲得した、と言える。それは端的に言語自体がプライヴァシーを作ってきたということである。
 例えば我々は何を他者に語っても、もっと何か言い足りないことがあるように常に思える。だがそれは内的世界が言語では表現し尽くせないほど豊かなのではない。それは言語自体がそこまで我々に思念させる力があるということ以外のことではないのだ。
 言語は通常何かを伝達する為のものである、という位相でのみ語られてきた。
 だが我々はもう一度よくその事実へ再考の余地を与えよう。
 つまり私たちは語る者の真意、本音を語ることを抑制する意図として言語を捉え直す必要がありはしないだろうか?
 言語行為が他者間で遣り取りされることは、その言葉の意味がどんなものであれ他者に痛烈な作用を齎すということだが、それは逆に言えば、我々が脳内で言語を通して考える能力がそれだけかなり広範囲であるということを意味する。故にその思考(少なくともここで今考えている言語を通した)の全てを他者に伝えるという愚を我々の理性は承知している筈である。ならば言語行為が進化してきたことの最大の理由とは本音を言い合うものだと我々の祖先が考えたのではない筈だ。本音とか意識とかクオリアといった概念自体が、言語によって生み出されている。それは一種の言語による幻想であり、そんなものは心の内部には実在しないと私は考えているのである。
 例えば通常言葉とはそれによって他者を誹謗中傷する為に進化したとは到底思えない。もしそんなことの為の道具でだけあったのであれば、とっくに言葉等淘汰されてきた筈だ、と考えることの方がより自然であるからだ。
 真意とは常に心の内奥で作られている。それは私達の思考によってである。そしてその真意が少なくとも他者には言うべきことではないと自覚している限り、それは言語による思考である。しかしそれを真意である故その真意を隠蔽して建前だけを語っていると自己自身を認識しているとすればそれは誤りである。
 何故ならそれ自体が一つの言語的思考の過程であるとか経路の一つであるに過ぎないからである。
 つまり私たちはそれを意識してか薄々かは別として曲がりなりにも知っているからこそ、相手に何もかも伝えていいとは思わず抑制的に言葉を利用するのだ。だから逆に言えば哲学などでよく語られている様に何かを言う為に「本当の気持ちや心を断念する」という考え自体が実は一種の言語的思考の過程や経路自体が我々に与える幻想なのである。
 つまり私達が心の実体であるとか真意や本音だと思っているものの方が実はそうではなく只単に幻想であり、それが真意だとしたら告げられるべき内容ではない、要するに内容的に芳しいものではないと自覚して、それを抑制して語らずに済ます事自体の方を真意と呼ぶべきなのである。又そうであるが故に、つまり直接芳しい内容のこと(少なくとも事実の隠蔽という意味では決してなく、心に思い浮かんだことの内容が告げるべきではないと思った場合)それを直接伝える事を抑制することを心がけたが故に言語行為は今日にまで進化を遂げたと言うべきではないだろうか?
 つまり形を変えて言えば、弁解の余地を相互に与え合うことで私達は言語を発展させてきたのである。
 言語を、本音を言い合う為に進化したのではなく、相互に建前を踏襲する為に進化したと捉えた方がすっきりする。寧ろ建前の方こそ意志であり本音なのだ。そこら辺は中島義道の著作である「時間と自由」の論述が極めて参考になると私は考える。
 もし今私が述べたことが正しいとすれば、言語とは言い訳の為の説明=論理思考能力を各発語者に要求する形で共同体内に進化してきた、と言えることとなる。
 言い訳=弁解は個人の内面的感情に左右されずにそれ自体で言語行為に於いて、通用する故責任倫理に敵っている。
 言語行為上の意味論とはある発語文及びそこで伝達される意味を伝達する成員への差別しなさである。つまりそこに言語の真理が「意味伝達行為が責任化されている」ということであることを示している。つまりある発語内容の持つ力、意味の真理がその発語者の人格査定とは無縁に成立している、という事が最も重要なのである。
 もし私達の言語行為上で発語毎にある発語者固有の特権的なものであり得たなら、私たちは何の意味も持てないこととなろう。然るに我々が真意とか本音と思えるものの大半は思念上での思いつきにしか過ぎないし、或いはそう捉えるべきなのである(哲学も又そのような決意であるべきだ)。
 思考内容の持つ様相はその都度の状況依拠的であるも、その意味は不変且つ万民に特権化されなく共有されるというところに言語の持つ大きな力と意義があると捉えるべきなのである。

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